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伊丹十三監督の傑作『スーパーの女』に学ぶ、健全な成功と正直な生き方|映画レビュー

映画『スーパーの女』は、1996年に公開されました。

脚本・監督は伊丹十三。映画監督でありながら俳優や商業デザイナー、エッセイストとしても活躍し、1997年の突然の死は世間をあっと驚かせました。

エッセイスト伊丹十三の代表作のひとつ『女たちよ!』なんて、軽快な伊丹節と各話のオチのつけ方が秀逸でして。

特に「目玉焼きの正しい食べ方について」は他社批判の笑いから自虐に転じる畳みかけが気持ち良く、このエントリで書いている映画『スーパーの女』と並んで、ぜひ手にとって欲しい伊丹十三の傑作です。

さて、映画『スーパーの女』のストーリーはいたってシンプル。

スーパーが大好きな主婦が、主婦ならではの視点を取り入れながら、幼馴染の経営するダメスーパーを「お客さんに愛されるスーパー」へと立て直していくサクセスストーリーです。

趣向を凝らした構成の予告編(特報版)も必見

ライバル店とのバトルや、お店の経営側とスタッフとのすれ違いが解消されていく様子など、わかりやすい展開ながら、主人公である主婦・花子の考え方には学ぶべきことがたくさんありました。

健全に成功するために忘れてはいけないこと。人としてまっとうに生きていくための志。

備忘録も兼ねて、映画『スーパーの女』で学んだことをこのエントリに残しておきます。

経営者としての視点を一旦忘れ、お客さんの気持ちになりきる

ダメスーパー「正直屋」を立て直すために社員として働き始めた花子が、経営者である幼馴染・五郎と高台から街を見下ろすシーン。

街を見下ろしながら、花子は次のことを語ります。

見てごらんよ。この街のなかに何万人もの人が生活してる。みんな稼ぎは決まってる。その稼ぎのなかで少しでも良い暮らしをしようとしている。

だからお客様は真剣よ。スーパーへきて、少しでも良いものを、少しでも安く買おうとする。その期待に答えられるスーパーは、生き残る。答えられないスーパーは、滅びていく。 

このセリフとともに、花子は正直屋を「日本一お客様の立場に立つ店」にしようと誓います。

何かを人に届けるとき、本当に考えなくてはいけないのは最後に届けるべき相手です。文章を書くのであれば読み手であるし、物を売るのであれば物を買うお客さんです。

相手の立場を想像する。相手の気持ちになりきる。まるで他人が憑依したかのように相手になりきり、「どんなことが嬉しいんだろう?」と考える。

お店に戻った花子は、お客さんの立場からお店がすべきことを次々に実行し、お客さんの心を掴んでいきます。

健全に仕事に打ち込むこと、稼ぐこと、成功すること。そのために欠かすことのできない、相手を思うことの大切さが描かれたシーンでした。

嘘をつかずに正直を貫くことが、成功へのいちばんの近道である

スーパーの立て直しの壁のひとつには、お店では当たり前となっていた不誠実な慣習がありました。

商品のリパックによる日付偽装や、海外の肉を混ぜた高級和牛の販売といった経営手法の名のもとに行われていた数々の嘘。

長く行われてきた不正と、お店で働くスタッフが自分たちのお店で買い物をすることがない実情に対し、花子は次のことを語ります。

このパートさんたちは近所の主婦の人たちです。みなさん家庭を持っておられます。帰ったら夕食の支度が待っているはずです。

ところが、わたしはこれまでこのパートさん達がこの店で買い物をしているのを見たことがありません。なぜですか?商品に嘘があるからです。

誠実であること、嘘をつかないこと。きっとこれは、あえて言及することでもないでしょう。

人として生きていく上で最も大切なことを改めて語りかける、このシーンでの花子の演技は必見。

パートの主婦たちが漏らした「こんな不誠実なこと本当はしたくない」という思いを背負い、店長に訴える花子の毅然とした態度に心を打たれます。

職人と技術者の違いと、花子が見せる職人への敬意

お客さんが増えてスーパーが回り出したとき、新たな問題が顕在化します。

元板前である鮮魚部門のリーダーが、自分以外のスタッフに魚を捌かせない。結果として流れ作業が滞り、必要なタイミングで売り場に商品が並んでいない。

職人としてのプライドから、刺身をつくる作業を他人に任せない鮮魚部門のリーダー・しんちゃんに対して、花子は次のことを語ります。

はっきり言うよ、しんちゃん。スーパーにはね、職人はいらないの。スーパーに必要なのはね、職人じゃなくて技術者なのよ。

あたしはね、しんちゃんに先生になってもらってパートのおばさん達みんなが魚をつくれるようにしたいのよ。

発言の直前、花子が一呼吸おいて言葉をまとめる様子も含めて、本当に素晴らしいセリフだなあと思いました。

必要な人材は、お店によって異なります。言い換えれば、どれだけ素晴らしい経歴や人格であっても、それが活かされる環境もあれば、逆に足かせになる環境もあります。

その事実を的確に伝える花子の口調からは厳しさとともに、板前としての過去とプライドを持つ職人としてのリーダーへのリスペクトが感じられました。

花子が、「仕事は見て盗ませる」職人ではなく「技術を皆に教える」技術者としての行動を求めるやり取りは、職人と技術者それぞれの在り方を考えさせられるシーンでもありました。

誤解しないでね、しんちゃん。私は職人が悪いって言ってるんじゃないのよ。ただ、スーパーと職人が合わないって言ってるの。

しんちゃんが、本当に職人の道を貫きたいんだったら、スーパーにいたんじゃダメよ。

このセリフからは、職人としての生き方への敬意が感じられました。

素晴らしい能力をもっていても、環境の選択を誤ったために、自分の時間という資産を浪費している人が世の中にはたくさんいます。

しんちゃんは、正直屋でやるべきことをやり切る道を選びました。最終的に自分のお店を持つというゴールを見据えつつ、正直屋の発展のために自分が伝えられる技術を全て伝えると決意した背景には、花子の「職人への敬意」が欠かせませんでした。

ほとばしる柳沢慎吾の素晴らしさ

余談ですが肉部門で働くスタッフ役である柳沢慎吾にも、ぐっとくるものがありました。

敵役でもある親方と花子との間で、板挟みに合いながら葛藤する様子。親方の悪行に胸を痛めて、最終的に密告する正義感。

柳沢慎吾の「あばよ」写真(LINEのスタンプがわりとしても利便性が高くて愛用している)だけを集めたフォルダをつくっている僕としては、柳沢慎吾史上ベストとも言える役柄と演技は悶絶必至でありました。

最後に

冒頭に掲載した写真は、愛媛県松山市にある「伊丹十三記念館」で撮影したもの。とても素敵な場所ですので、機会があればぜひ行ってみてください。

『スーパーの女』の主人公・花子であり、伊丹十三の奥様である宮本信子さんが館長を務めておられます。

●参考:

www.haconiwa-mag.com