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Architecture and Things

映画『もしも建物が話せたら』を観て建築のことがより愛おしくなった話

どうもタナカ(@y_tanakarchi)です。

もしも建物が話せたら、どんなことを語りだすのだろう。

そんなコンセプトをもとに、6つの建物にまつわる物語が160分にまとめられた映画が、今日から公開されました。


これがもう心から良かったので、映画についての感想とすこし考えたことをまとめておきます。


なお、この記事にはネタバレを含みます。映画を観て頂くまえの予備知識としてもお使い頂ける内容としていますが、真っさらな気持ちで映画に臨みたい方はご注意ください。

無口なものこそ雄弁だ。 

これはこの映画のポスターに添えられたコピーになりますが、鑑賞後まさにそうだと実感しました。

建物とは、強い日差しや雨風から人の命を守るというところから歴史は始まりました。そんな建物という概念は、技術の発展やデザインの追求によって、そこで過ごす人に文化的な価値を提供するものとなり、人の命を守るということはもちろん、豊かな営みを実現するという点においても欠かすことのできない存在になりました。

それは「そこで過ごす時間がめっちゃ気持ちいい」とか「そこで過ごしたあの時間が本当にかけがえのないものだった」とか、そういった体験を建物が生み出すということがある。

良い建物には、そこで過ごした人の素敵な思い出で満ちています。

これを建物の側からみてみると、どうでしょうか。

この映画のなかで雄弁に語る建物たちは、もれなく、自らに与えられた役割を受け入れていて、自分の存在を誇りに感じています。そして、そこで過ごした人々を記憶しています。

作中で、ドイツのコンサートホールである「ベルリン・フィルハーモニー」が語っていた次のことばが印象的でした。

わたしのホールで指揮をした指揮者を全員覚えています。
だれが好きだとか嫌いだとかは言わないけど。わたしは公共建築なので。 

ことばの端々はうろ覚えですが、僕はこのことばを聴いたとき、一気に心を掴まれました。

この建物がどれほど良い建物なのかを一瞬にして思い知らされました。

良い建物には、その建物のことが大好きでしょうがないという人が必ずいる。

こんな台詞を書けるような人がいる建物は、間違いなく素晴らしい建物なんだとその瞬間に確信させられました。

擬人化してそれを語るということ。

映画のタイトルからも分かるように、この映画では建物を擬人化しています。

個人的にも、建物の魅力を語るとき「この建物が、歴史をまもっている」とか「この建物が魅力を感じさせる」 みたいに思わず書いてしまうことがあります。

これってやっぱり、その建物のことが好きだとついついそう書いてしまうんですね。

そういう視点でも、この映画はコンセプトからすでに建物への愛が溢れていると思いました。

また、やさしく噛み砕いて誰でも伝わるようなことばにしていない部分も結構あるのですが、それでも多くの方に良さが伝わると感じたのは、建物の視点で語られるという一貫した構成がそのようにさせるのだと思いました。

だから何なのか。

是非、観てください!! 

ではまた明日!!